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スマホ衛星通信は群雄割拠へ 世界のプレイヤーとその課題
2025年6月13日 08:20
スマートフォンから通信衛星へ直接接続するサービスに対して、日本の携帯電話キャリア4社が対応を表明しました。KDDIが「au Starlink Direct」のサービスを開始して先行する中で、楽天モバイルがDTCサービス「Rakuten 最強衛星サービス」を2026年第4四半期に提供すると発表、ソフトバンクは2026年から、NTTドコモは同じく2026年夏から同様のサービスを開始する計画です。急速に立ち上がってきた携帯電話・衛星接続サービスの世界のプレイヤーとこの技術の課題を追ってみましょう。
DTCの誕生と発展の経緯
携帯電話から通信衛星へ直接接続できる通信サービスには複数の名称があり、「Direct-To-Cell (DTCまたはD2C)」、Direct-to-Cellphone、Direct-to-Device (D2D)、Sat-Mobile-Directと呼ぶこともあります。先行するSpaceXのStarlinkはDTCと呼んでいることから、ここではDTCに統一します。
今般話題になっているDTCは専用の携帯電話端末を必要とするいわゆる「衛星携帯電話」とは異なり、特別な改造や外付け機器を用いない携帯電話端末(Unmodified Cell Phones)で接続できることが特徴となっています。
衛星携帯電話であれば、静止衛星を利用したインマルサット、ワイドスター、低軌道衛星を利用するイリジウムといった専用のサービスを日本でも利用できます。主に災害発生時の緊急通信手段として利用されていますが、料金が高額であることなどから利用シーンはかなり限られています。
これに対して、携帯電話の基地局がない山間部や人口のまばらなエリア、海上などの非カバレッジエリアで、緊急時に通常の携帯電話でそのまま通信サービスを提供するという動きが米国を中心に2010年代後半ごろから活発化してきます。
2017年ごろから米国では衛星事業者が通常の携帯電話端末を用いたDTC実現を目指す通信実験などが始まり、2022年11月には衛星事業者のGlobalstarとAppleが共同で、地上ネットワークが利用できない場合にiPhone 14で衛星経由の緊急メッセージング機能を利用できるようになるサービスを発表しました。緊急通報が中心のため地上のようにブロードバンド通信を利用できるようにはなっていませんが、基地局の制約を超えて圏外をなくすという取り組みが始まったのです。
この動きに通信当局側も追随し、2023年3月に連邦通信委員会(FCC)が「宇宙からの補完的カバレッジ(SCS)」と呼ぶDTCの枠組みを提案し、2024年3月に規則の大枠を発表しました。「補完的」という言葉は、地上のモバイル通信ネットワークが利用できないエリアで緊急時に通信サービスを提供するという位置づけを表しています。
FCCは衛星通信事業者が独自に携帯電話への接続を提供するのではなく、携帯電話事業者が持っている地上向けの周波数帯を、提携によってリースする形で実現するように管理しています。
米国の航空宇宙研究組織であるThe Aerospace Corporationは、この方式を「地上スペクトラム中心型」と呼んでいます。地上スペクトラム中心型のメリットは、なんといってもユーザーにとって携帯端末の買い替えや追加の機器が不要であることでしょう。
SpaceXと米国の事業者T-Mobileが提携してDTCを提供しているように、事業者間では複雑な契約が必要になりますが、ユーザーに負担を求めずにサービスを提供できるのです。
DTCサービスを提供する主な事業者
規制の枠組みが整ったことで、DTCサービスは一気に加速してきました。世界の衛星コンステレーション情報データベース「NewSpace Index」によれば、2024年の段階で12社ほどがDTCサービスを運用または計画しているといいます。
さらに、IoT機器向けの衛星通信サービス(広い意味でのD2D、またはM2Mサービスとも呼びます)事業者がDTCに参入するといった動きもあり、プレイヤーはかなり流動的です。現時点で、携帯電話向けのDTCサービスを計画している主要な企業を挙げてみましょう。
AST Spacemobile
AST Spacemobileは、2017年に設立され、欧州、アジア、アフリカにサービス展開を目標とする衛星企業で、大型のフェイズドアレイアンテナを持つ衛星が特徴です。日本では楽天とサービス展開の契約を結んでいます。
2020年には高度725~740kmの軌道で243機の衛星を運用する許可を申請しています。これまで試験機「BlueWalker」衛星を打上げ、2023年にBlueWalker 3衛星と携帯電話間で、衛星を介した通話に成功したと発表しています。2024年9月に最初の運用衛星「BlueBird」5機を打上げ、今後アンテナ面積を223m2に拡大したBlueBird衛星の打上げを続ける計画です。
Lynk Global
Lynk Globalは2017年に設立され、国際宇宙ステーション補給機「Cygnus(シグナス)」を使用した通信実験の後、2019年から試験機「Lynk」2機を打ち上げ、2020年に試験機からAndroidスマートフォンにテキストメッセージを送信する実証に成功したと発表しています。
2022年にFCCから「宇宙セルタワー」と呼ぶ高度約550kmの運用衛星「Lynk Towers」10機の運用許可を獲得し、これまでに6機の衛星を打上げています。今後はコンステレーションによりテキストメッセージ、通話、データ通信サービスを展開する目標を持っています。
2025年5月、NTTドコモの子会社で、移動体通信事業者(MNO)パートナーのDocomo Pacificとともに、グアム及び北マリアナ諸島でのDTCサービスの許可を得ました。Lynk Globalは衛星通信事業者Intelsatを通じてソフトバンクともつながりがあります。
ドコモ、ソフトバンクは提携するDTC衛星事業者をまだ公表していませんが、両社と関係のあるLynk Globalが日本でのDTC事業者として浮上してくる可能性もあるでしょう。
SpaceX Starlink
2019年から衛星ブロードバンドサービス「Starlink」の構築・運用を開始したSpaceXは、2022年に米国T-Mobileと提携し、地上ネットワークが届かないエリアでテキストメッセージサービスを利用可能にする接続サービスの計画を発表しています。
2024年3月にFCCから第2世代Starlink衛星の一部をDTCサービス向けに変更する認可を獲得し、2024年1月には最初のDTC試験機6機を打上げ運用を開始しました。通常のStarlink衛星が高度550kmで運用するのに対し、DTC向けのStarlink(現在はFalcon 9で打ち上げるStarlink v2 mini DTC)は高度300km付近で運用しています。これまでに630機以上を打上げ、2025年春から日本ではKDDIがサービス提供を開始しています。
Omnispace
Omnispaceは、米空軍の中小企業技術革新研究(SBIR)プログラムから2019年にシード資金を獲得。2020年にフランスのThales Alenia Space(タレス・アレニア・スペース)と契約し通信衛星開発を開始しました。2022年4月、5月にIoT向け超小型衛星「Spark-1」「Spark-2」を相次いで打上げています。アフリカのモバイルネットワーク事業者MTNなど各国通信事業者と提携し、IoT、5G接続サービスを目指しています。
Skylo
カリフォルニア州で2017年に設立されたSkyloは、自身では衛星を持たずに衛星企業パートナーとともにNTN(非地上系ネットワーク)を目指す企業です。元はIoTサービスを目指していましたが、米国ではVerizonと提携し、2025年から一部の携帯電話(Samsung Galaxy S25 および Google Pixel 9)向けにSMSを提供するサービスを開始しました。日本では2021年からソフトバンクと提携しており、今後は緊急時のSMSなど同様のサービスを提供する可能性もありそうです。
Leoblue
Leoblueは、フランスでAirbus Defence and Space出身のCEOが2023年に設立した企業です。DTCサービスの詳細はまだそれほど公開されていませんが、自身で衛星を開発、運用するのではなく、スマートフォン向けに緊急メッセージサービスを提供する通信モジュールを開発し、各国の小型衛星にホストしてもらう形でDTCサービスを提供するようです。2025年から衛星通信実証を開始するとしています。
衛星ならではの課題をどうやって解決するのか
参入が増えて活発化しているDTCは、衛星が携帯電話の圏外にサービスを広げて面的なカバー率を大きく向上させました。一方で低軌道衛星は1機あたりの通信可能時間が限られている(一般的には10分前後)ため、衛星数が少ないと通信サービスを提供できない時間が生じるという課題があります。
AST Spacemobileの衛星のケースで考えてみましょう。人工衛星からの電波が届き、通信が可能になる地上のエリアのことを「フットプリント」と呼びます。ASTは衛星のフットプリントを78万km2であると公表していて、これは衛星の下に半径約500kmの通信可能な円形のエリアが広がっていると考えることができます。
2024年9月12日に打上げられた5機のBluebird衛星は、高度500km付近、軌道傾斜角52.97度の軌道を一周94.72分で周回し、1日あたり地球を15.2周しています。米空軍の軌道上物体登録サイト「Space-Track.org」から、現在運用中のBluebird衛星の軌道情報を取得し、5月31日時点での5機のBluebird衛星の軌道予測値を元に、衛星の下の半径500kmの円(仮想フットプリント)が日本列島と重なる時間を調べてみました。
1機のBluebird衛星の仮想フットプリントが日本列島のどこかと重なる時間は、1日のうちおよそ22分程度でした。5機の段階では、1日あたり2時間程度の通信可能時間があることになります。日本で1日中の接続を実現するには、単純計算で60機程度の衛星はほしいところです。
ASTはサービスインに向けた衛星数を50機程度と見込んでいるといい、できるだけ途切れずにDTCサービスを提供するために必要な衛星数を揃えるにはまだ時間がかかりそうです。自前の打上げ手段を確保しているSpaceXにはこの面で強みがあり、5月末の時点でStarlink DTC衛星を630機以上打上げています。高度が340kmと低いため衛星のフットプリントはBluebird衛星よりも狭くなりますが、サービスインに踏み込めたのはこの数の力が大きいでしょう。
AST SpacemobileはFCCに対して2020年に243機の衛星の運用を申請していて、その50%(121機以上)を2030年8月までに打上げる義務を負っています。1年ごとに24機の衛星を打ち上る必要があり、ロケットの確保はコンステレーション事業者にとって依然として課題です。
SkyloやLeoblueのように衛星を保有しない、または通信機器を他社の衛星にホストしてもらう形であれば打上げロケットの確保という課題からは開放されますが、衛星事業者との提携を進めなければサービスを展開できないという制約も生じます。
DTCサービスは地上の携帯電話基地局の限界を超えてモバイル通信を拡大する手段です。しかし衛星ならではの制約もまだ多く、衛星数の確保という要素を注視していく必要があるでしょう。